「6秒バンパー広告時代」にBranded Shortsが持つ意味とは~

Branded Shortsセミナー「髙崎卓馬氏トークイベント」レポート

2017年10月、ショートショート フィルムフェスティバル & アジア 秋の上映会「Branded Shortsセミナー」として、エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター髙崎卓馬氏のトークイベントが開催されました。Branded Shorts 2017の審査員も務めた髙崎氏。本イベントでは、映像をめぐる環境が変化するなかで、広告はどうあるべきか、また、Branded Shortsがどのような可能性を秘めているかなどについて語っていただきました。以下でその様子をレポートします。
 


 
高崎卓馬((株)電通 エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター/CMプランナー)
広告を中心に様々な領域で活動している。主な仕事に、JR東日本 「行くぜ、東北」、SUNTORY「ムッシュはつらいよ」「オランジーナ先生」、日本郵政 「私は郵便局が大好きだ」、TOYOTA「WHAT WOWS YOU イチローが嫌いだ」、三井不動産レジデンシャル「タイムスリップ!堀部安兵衛」、映画「ホノカアボーイ」、ドラマ「戦う女」などがある。
2010年、2013年、クリエーターオブザイヤー賞など国内外の受賞多数。著書に小説「はるかかけら」(中央公論新社)、「表現の技術」(朝日新聞出版)など。雑誌Hanakoでの「勝手にリメイク!」などの連載多数。
 


 

■「売れる」ことと「おもしろい」ことが両立する必要性

 
何かを伝える仕事をするときに重要なのは、客観力です。この表現を相手が受け取るとどんな感情が動くか、を想像する力です。でもこれがなかなか難しい。私はいつも自分が何かを企画するときには、できるだけ相反するふたつの基準を作って、そこを往復しながらアイデアの検証をしていくようにしています。これはもう癖のようなものなのですが。自分という主観をできるだけ遠ざけて「本当はどうなのか」「逆からみるとどうなのか」と考え続けます。アイデアは疑いつづけることで磨かれていきます。すこし次元は違いますが、たとえば広告の場合、売れるけど面白くない。面白いけど売れない。というものは両方ともいい広告とは言えないと考えています。面白くて売れるこそ私たちが目指すべきもの、だったりします。それは広告を企業のひとりよがりでなくして本当に機能させるためにとても大切な基準です。この基準にはもうひとつ意味があって。広告は面白くないものだという認識が当たり前になってしまうと、情報として期待されない土地を作ってしまうことになります。どうせつまらない企業の押しつけ、でしょ、と。広告そのものに企業も世の中も期待しなくなる。そうならないようにする使命、のようなものも実は個々の仕事は持っているのだと思っています。Branded Shortsも同じです。「売れて」「面白い」を達成しなくてはいけない。Branded Shortsだから売れなくていいということはないと思います。映画を見てお酒を飲みたくなります。ドラマを見て車に乗りたくなります。そういう映像としての機能をCMとは違う角度から強めていくととても面白いものになるような予感がしています。
 
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■メディア・デバイスの変化がもたらす意味を言語化する

 
メディアの変化のスピードは驚異的です。どんどん私たちの生活を変えていく。テレビを持たない若者が増えています。そのことは表面的には私たちの作るものを変えて行きます。だからと言って慌てる必要はありません。相手にしているのは人間で、人間の感情、心の動きは変わらないはずです。変わらないものをしっかり意識して、変わればいいのだと思います。そのうえで、メディアの変化を自分で言語化しておくことはとても大切だと思っています。ひとがどこでどういう風にその映像と出会うのか。テレビから流れるものと、スマホから流れるものにどんな違いがあるのか。それはどんな風にこれから変わるのか。映画とドラマが同じようなものなのに決定的に違うものになっている変化は外的要因から来ていると思います。そういうことがこれからどんどん起きるということだと思います。、
 

▼メディアの変化

最近自分のつくる映像が、どうもアップの画が多くなっていることに気がつきました。それはスマホで確認していることが無自覚に影響をしているのかもしれません。そういう変化の兆しを注意深く感じるようにしています。自覚的にそこをやるか、無意識にやってしまうかではだいぶ違いがある気がするのです。ここからは自分の肌感覚でしかないのですが、テレビの映像とWebの映像には「みんなも見ている感」のある前者と「自分だけが見ている感」のある後者の差がある気がします。そのことはどちらを発信の場に選ぶかというときに意識をします。WebでCMみてもいまいちピンと来なかったりするひとつの原因かもしれません。でも、もう少ししたらそんな境界線は消えてなくなるのかもしれませんが。
 

▼受け手とのズレ

そんなことを言ってますが、受け取る側は僕らよりもずっと早いスピードで変化している。映像を受ける側はもうそれがどこで発信されたものかすら意識しなくなっている。ちょっと前だとweb動画が炎上したら報道は「webCMが炎上」と見出しをつけていたと思うのですが最近はテレビCMだろうとweb動画だろうと「CMが炎上」と書かれています。それも世の中の感覚をあらわしている気がします。そこにもう差はないのだから同じように覚悟をもって作ればいいということだと思います。テレビCMは制限の宝庫です。まず秒数がない。予算はあるけどクライアントの猛チェックにあう。でもこれも実は一番最初に言った「検証」のプロセスなんですね。「検証」する機会がたくさんあるから、最初に自分が思っていたものよりはるかに面白いものになったりもする。まだ企業のWeb動画は、そういう制限が少ない。そのことは実はとても自由のように見えますが、自由は「検証」の機会をくれないので実は結構、自分に制限を与えれるかどうかが重要になって来たりします。
 

■映像で人の「心の振り子」を動かすには

 
昔の映画や小説や音楽でも人は感動します。それは「エンターテインメントはひとの心を動かすためのもの」ということを突き詰めて普遍に近づいたものたちだからです。本当にいいものは時を超える。距離も超える。濃い密度で深いものを作る。そういうものが人の心を動かすのだと思います。やっぱり、そういうものを作りたいですね。
 
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▼ショートフィルムにしかできない制約の美学を活用して

Branded Shortsを作る際、「本当なら2時間の尺で作りたいのにな」というものを30分で作ると、その残念感が作品にもにじみ出てしまいます。むしろ、「映画ではできないことを30分でやろう」というほうがショートフィルムは輝く気がします。映画が嫉妬するもの、ですね。映像の強度をあげていく手法に制約やルールを設けるというものがあります。たとえば、父と娘がいて、娘の彼氏が家に来る、というシチュエーションを考えてみましょう。これだけ考えると、よくあるシチュエーションです。しかしこれに、3者がフリップでしか会話しないという制限を設ければ、オリジナルな風景になります。あるいは、「場の置き換え」というのも効果的なルールのひとつです。たとえば、あるバーで、男性が女性に「君のことが好きだ」というのは、同じくよくあるシチュエーションです。しかしこれを、オペの最中に、執刀医と患者がしている会話だとしたら意味が変わってきます。オリジナリティとは他にはない制約のことではないかと思っています。その映像がCMの場合は、企業や商品の特性に近いところに制約があるとなおさらいい結果を生むと思います。
 

▼予定調和を気持ちよく裏切るサプライズ

映像に限らず、どんな表現においても、受け手は「こう展開するだろう」という予想を持ちながら見ています。そうしたなかで最大の敵は予定調和です。予想通りのものを見せても、受け手は喜んではくれません。予定調和を気持ちのいい方向で裏切るのが最高の表現だと思います。
人の心を振り子のようなものだと仮定します。「泣き」と「笑い」のあいだで常に揺れている。この振り子がある一線を越えたとき、人は泣き、逆に振れたとき人は笑う。この一線を超えるために必要なのが「驚き」です。人は笑う前に必ず驚いています。人は泣く前もたいてい驚いています。予想通りのことが起きても心の振り子は揺れてくれないのです。
悲しいシチュエーションのなかで起きた笑いは大きい。楽しいシチュエーションのなかで起きた悲しいことのほうが悲しい。これは泣きと笑いの関係が対極にあるということを教えてくれます。そういう心の動きを計算しながら感情を作っていくといいのだと思います。
 

▼「映像を見たい」というモチベーションを先に作ることも大切

さらに最近はやっぱり面白いものをつくる努力と同じくらい「面白そうに見せる努力」が求められています。その映像を見たいというモチベーションをどう発生させるかです。映画を作って劇場まで足を運んでもらうためには相当な努力が必要です。雨だからやめる。お腹がゆるい気がするからやめる。他に欲しいものがあるからやめる。やめる理由なんか鬼のようにあります。それを乗り越えて「でも見たい」という気持ちをつくる。映画だと普通のことですが、webでも同じだと思います。たとえば、前にある企業から依頼を受け、30分の動画を作ったことがあります。チームでは「ウェブでは5分が限界だ」と言われていたのですが、逆に「じゃあ、人が絶対に見たくなる状態を作ろう」と考えました。中身をおもしろくするのはもちろんですが、第一印象で映画と勘違いしてもらうという作戦を実行しました。それは「2時間あると思ったのに30分なら短いな」とか「1800円かと思ったらタダなんて」という感覚をつくることになります。最初から「企業CMが30分ある」という見せ方だとおそらく100%敬遠されていたと思います。キャストも主題歌も予告編も第一印象を映画だと勘違いさせるという目的のもと決めて行きました。
 
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■企業と顧客が関係を築くためのBranded Shorts

 
今の時代におけるBranded Shortsは、とても意味のあるものだと思います。デジタルの広告では「ターゲティング」という言葉が飛び交います。6秒のバンパーなどで商品の言いたいことを端的にまとめて繰り返し当てる。効率的です。でもやっぱり6秒では心までは動かないと思います。ここは心を動かす場ではなく情報を告知する場なのだと思います。これからますます、企業と顧客が豊かな関係を築く場も必要になるのではないでしょうか。九州新幹線のCMは、新幹線に乗って窓の外を見るたびに思い出します。 HONDAのセナのCMは、遠い夜の光を見るたびに思い出します。それらは間違いなく僕とその企業のあいだにある関係を作り出しています。Branded Shortsのような長尺で丁寧に作られたものがその役目を果たす気がします。
 

▼Branded Shortsを才能ある人の実験の場に

Branded Shorts 2017の審査員を務めた際、才能があり、映像に立ち向かう強さを持っている若い人たちが、豊かな映像を作って活躍する場を一緒に作りたいと思いました。広告は予算が確保されている仕事もありますし、かつ、実験を欲している場でもあります。そのような高い意識を持った人が、映像に対する愛情を持って実験する場になればいいと。豊かな才能を持っている人が、こぞってBranded Shortsを作りたがるというような仕組みを作りたいですね。
 


 
高崎氏も審査員として参加するBRANDED SHORTS 2018 のエントリー受付は、3月30日(金)まで!
詳細はこちらから。