「ビジネス創出プラットフォームとして事業家を生み出していく」名古屋を拠点とする総合IT企業の挑戦

株式会社エイチーム 代表取締役社長 林高生

米国アカデミー賞公認短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」は、2018年の創立20周年に合わせて、対談企画「Management Talk」を立ち上げました。映画祭代表の別所哲也が、様々な企業の経営者に、その経営理念やブランドについてお話を伺っていきます。
第30回のゲストは、株式会社エイチームの創業者で代表取締役社長の林高生さんです。グローバル展開するスマホ向けゲーム事業から人々の生活に寄り添うライフスタイルサポート事業、EC事業まで多様なビジネスを展開中の同社。創業からのストーリーとこれからを林社長にじっくりと語っていただきました。
 
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株式会社エイチーム

1997年に林高生の個人事業として創業し、2000年に法人化。2012年4月に東証マザーズに上場後、同年11月に史上最短記録で東証一部へ市場変更。人生のイベントや日常生活に密着した様々なウェブサービスを提供する「ライフスタイルサポート事業」、スマートデバイス向けゲーム・ツールアプリを提供する「エンターテインメント事業」、自転車専門通販サイトを運営する「EC事業」の3つの軸で事業を展開する総合IT企業。
 
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窮地で出会った2冊の本

 
別所まずは御社の事業内容についてお話しいただけますでしょうか。
 
一般的にIT企業というと、一つのサービスに特化した会社が多いなか、エイチームは、スマホゲームから、生活に密着した便利なサイト、ECサイトまで、幅広い分野を総合的に手がけている点が大きな特徴です。
私たちはもともと、企業のシステム開発を請け負う会社からスタートしており、最初に自社の企画として参入したのが携帯電話向けのゲームでした。ただ、ゲームという分野は当たれば爆発的な成長性があるものの、浮き沈みが激しく安定性には欠ける。そこで私たちは、会社として継続的に成長していくための基盤づくりとして、お客様に長く使ってもらえる生活に密着したサービスも手がけることにしたわけです。その両輪を組み合わせることによって、ときにゲームで高く成長するし、そうでなくても常に安定的に成長していける形態を作り上げてきました。
 
別所御社の創業は23年前ですよね。1997年から現在にいたるまで、さまざまな紆余曲折があったかと思います。
 
そうですね。いまでもはっきりと覚えているのが2002年頃のことです。創業後、受託事業として最初はうまく立ち上がったものの、時間が経つにつれ、クライアントからの非常に厳しい要望もあって仕事に忙殺されるようになりました。そのうえ、当時は社員のモチベーションがあまり高くなく……八方塞がりの状態に陥ってしまったんです。しかも、当時、社員は10名ほど、年商で約6,000万円という規模感でしたが、利益はほんの僅か。私は本当に「人生失敗したな」と落ち込みました。それまでは人生を楽観的にとらえていて、うまくいかないイメージなんてまったくなかったんです。だけど、そのときに、やっぱりいい会社っていうのはすごい人にしか作れないんだなって思いました。自分は、中卒だし、人脈があったわけでもないので、無理だったんだって。
 
別所それが2002年頃。そこからどう抜け出したんでしょうか?
 
その頃たまたま出会った本がきっかけでした。『金持ち父さん貧乏父さん』と『非常識な成功法則』という2冊です。私はエンジニアだったので、それまで技術書しか読んだことがなく、初めて読んだ自己啓発本でした。
『金持ち父さん貧乏父さん』には、“貧乏な父さん”は自分の時間を切り売りする一方、“金持ちの父さん”は自分で所有している資産によってお金を産む、といった意味のことが書かれていました。当時、私たちは、請負仕事をやっていたため、まさに時間の切り売りをしていたわけですね。だから自分たちは儲からないんだって気づかされました。そのときから私は、たとえば、コンピュータのサーバーが24時間稼働してお金を稼ぐ仕組みが作れないかな、と漠然と考えるようになりました。
 
別所なるほど。
 
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その後、出会った本が『非常識な成功法則』でした。そこには、「夢は紙に書くと叶う」と書いてあったんです。そして、まずは嫌なことから紙に書いていきましょう、と。嫌なことをはっきりさせると、本当にやりたいことが見えてくるから。私は当時、さきほどお話ししたような辛い状況だったので、その本を読んだ翌日に、オフィスで一人残っていろいろ書いたんです。「下請けが嫌だ」「社員との関係性が嫌だ」とか(笑)。嫌なことしかなかったからすらすら出てくるんですね。それで、じゃあ自分がやりたいことってなんだろうとなったときに、『金持ち父さん貧乏父さん』を読んで考えていた、サーバーが24時間お金を稼ぐような仕組みだ、と改めて思ったわけです。
 
別所その2冊が林社長のなかでつながったわけですね。
 

「経営者」になれた瞬間

 
ええ。それで、具体的に2つのアイデアを考えました。一つは、誰でも携帯サイトが簡単に作れるツールを月々5万円でレンタルするサービス。もう一つが、携帯のゲームでした。そして、『非常識な成功法則』に従って、紙に、この2つの事業で「2年後に売上10倍を達成する」と書いたんです。そうしたら、すごく晴れ晴れとした気持ちになって。それまでは、霧の中にいるような閉塞感を抱えていたのに、書いた瞬間、これは達成できる、絶対うまくいくって確信できたんですね。
 
別所すごい。それで、実際にはどうなったんでしょう?
 
2つのうち、携帯のサイトが誰でも作れるようにできるツールは、いろいろあってうまくいかなかったんですけど、2003年12月にエイチーム第一弾となるガラケー向けのゲームを出したんです。それが1ヶ月で約100万円売り上げるという当時の私たちにとっての大ヒット作になった。それまでは月商500万円程で、しかもすべて下請け仕事だったのが、自分たちの企画で100万円……大きな手応えを感じました。そこからさらに、ゲームを汎用的に作る仕組みを構築して、続々とタイトル出していったんです。そのそれぞれの売上が積み上がっていって、結果的に2002年に立てた目標は2006年頃に達成できました。
 
別所素晴らしいですね!
 
ただ、すべてが順風満帆だったわけではありませんでした。実は、2005年頃、社内であるトラブルが発覚して、改めて会社を経営することについて考え直す機会があったんです。当時、2002年に私が書いた売上目標を達成するためにみんなで頑張っていたわけなんですけど、結局、その頃いた社員は、私に命令されて動いているようなイメージになってしまっていたんですね。それで、会社としてそういう形のままで正しいのだろうかと自問するようになって……。
 
別所創業者ならではの悩みかもしれません。
 
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それで、ちょうどその頃、いろいろな経営者の書いた本を読んでいたら、みなさんが共通して、経営理念がもっとも重要だとおっしゃっていることに気がついたんです。それまで自分は、商売人としてとにかく売上を上げることに注力していた。けれども、そこで、やっぱりみんなで幸せになっていかなければならないと思い至ったわけです。私は、トラブルが発覚した日の夜、パソコンに「みんなで幸せになれる会社にする」という、現在でもエイチームの経営理念となっている一文を書き、その思いを社員に説明しました。そのときに、はじめて自分は「経営者」になれたような気がします。それから、経営理念に共感してくれる人が集まるようになり、一体感を持って会社を運営することができるようになったという流れがありました。
 
別所社員のみなさんに林社長の思いがきちんと伝わったんでしょうね。
 

スマホ時代への備え

 
ありがとうございます。そして、その後、私たちにとって大きな動きだったのが、当時稼ぎ頭だったガラケーのモバイル事業の売上が、2007年のiPhone登場以降どんどん下がっていったことでした。ただ、それは必ずしも悪い影響ばかりではありませんでした。実は、その少し前から私たちはその流れに備えて動き出せていたんです。私はもともと、ガラケーのビジネスはそう長くは続かないだろうと漠然と思っていて、2005年頃からPC向けの生活に関わるサービスを考え始めていたんです。
 
別所事前に準備をはじめていたわけですね。
 
ええ。ちょうどその頃に、ホテル予約サービスを運営する一休という会社が上場されたことを知りました。興味を持って、そのビジネスモデルを調べてみたら、空き部屋をディスカウントして販売し、その紹介料をもらうという仕組みでした。私は、なるほど、と思ったんです。そして、そのあと居酒屋で社員たちと飲んでいるときに、「それならば、引越しのトラックが空いていたら安くなるだろうし、レンタカーも、釣り船も空いていたら安くなるんじゃないか」と考えたんです。つまり、現在、私たちがライフスタイルサポートと呼んでいる生活に密着した比較サイト事業が、頭の中にどんどん浮かんだわけです。その翌日から事業をスタートさせていました。それがiPhone登場の2年前、2005年のことです。
 
別所成功しているサービスの本質を掬いとって、ご自身のビジネスに活かされた。
 
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さらに、もう一つ。2008年当時、売上が約23億円で社員が100人近くのときに、中期経営計画をはじめて作ったんです。そこで、5年以内に、売上を100億円、利益を20億円にするという目標を掲げ、かつ、ガラケーからスマホへの移行がよりいっそう進んだときに、それがウェルカムであるような状態に自分たちを持っていこうと決めたんです。具体的には、スマホが普及すると世界共通のデバイスになるから、グローバルを意識したゲームタイトルを作る方針にしました。合わせて、私たちが手がけていた引越し比較・予約サイト「引越し侍」や車査定サイトの「ナビクル」といったPC向けのサービスを、スマホ対応できるよう進めていきました。
 

ビジネス創出プラットフォームに

 
別所時代を先読みし、先手を打つことで大きな成長を遂げたわけですね。そんななか、企業としてのブランディングやコミュニケーションについてはどのようにお考えでしょうか? エイチームという社名にもユニークな由来があると伺っています。
 
社名は、私が中学生のときに大好きだった「特攻野郎Aチーム」というテレビドラマからきています。いろいろなジャンルのスペシャリストが集まって困っている人を助けていく、という一話完結型のストーリーなんですけど、そういうワクワクするような組織に憧れていたわけです。創業当時は、私自身がプログラミングの腕に覚えがあったので、「特攻野郎Aチーム」のように自分以外にもさまざまなスペシャリストが集まるチームを作って、次から次へと新しいサービスを生み出していくことを目指していこうと。だから、お客様にたいしても、それぞれのスペシャリストが作ったサービスごとの特徴をしっかりと伝えていければいいなと願っています。
 
別所僕が主宰するショートショートフィルムフェスティバル & アジアでは、企業のブランディング動画をフィーチャーするBranded Shortsという部門がありますが、林社長は動画を使ったコミュニケーションについてはどのようにお考えでしょうか?
 
そうですね。最近私たちは、いまお話ししたような会社としての思いを投影するかたちで1分ほどの企業ブランディングの動画を作りました。いろんな人がいろんなサービスを作って働いているよ、という内容です。また、働くことを楽しく考えるというメッセージも込めています。
 

 
別所ユニークな動画ですよね。ぜひ今後も楽しい動画をたくさん作っていただければと思います。それでは最後に、未来のエイチームの展望を教えてください。
 
私は、エイチームからどんどん事業家を育てていきたいという思いを持っています。仕事だけでなくプライベートも含めた人生という意味でも、人って、世の中のいい部分、悪い部分をいろいろ知ったうえで生活していかないと辛くなってしまいますよね。ご近所さんとのコミュニケーションしかり、子育てしかり。私は、仕事を頑張ることによってプライベートがより豊かになると考えているんです。それも、社長をやることで、より社会を知ることができると信じている。だから私は、エイチームをビジネス創出プラットフォームにして、そこからどんどんいろいろな企業、いろいろな経営者が生まれていってほしい。現在はグループ内に7人ほどの若い社長がいますけど、これからもっとたくさん育てていきたい。それが、私にできる一つの社会貢献だと思っています。
 
別所楽しみにしています。本日はありがとうございました。

(2019.9.18)

 


 
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株式会社エイチーム 代表取締役社長 林 高生(はやし たかお)

 
1971年、岐阜県土岐市生まれ。中学校卒業後、学習塾の経営やプログラミングのアルバイトなどを経て、1997年に個人事業としてエイチームを創業、ソフトウェアの受託開発を開始。2000年に有限会社エイチームを設立し、代表取締役社長に就任後、2004年に株式会社に組織変更。2012年4月に東証マザーズ上場後、史上最短の233日で東証一部への市場変更を実現。