「ブランディングとはファンづくり」全国499店舗を展開する自転車販売店「サイクルベースあさひ」が創出する豊かな自転車ライフ

株式会社あさひ 下田佳史

米国アカデミー賞公認短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」は、2018年の創立20周年に合わせて、対談企画「Management Talk」を立ち上げました。映画祭代表の別所哲也が、様々な企業の経営者に、その経営理念やブランドについてお話を伺っていきます。
第35回のゲストは、株式会社あさひ 代表取締役社長 下田佳史さんです。業界のトップランナーとして、日本の自転車文化を牽引するあさひ。下田社長には、自転車にかける熱い思いやこれからの挑戦についてたっぷり語っていただきました。
 
写真①レ済
 
株式会社あさひ
全国に499店舗(2021年8月20日現在)を展開する自転車専門店「サイクルベースあさひ」を運営。
SPA(製造・小売り)事業会社として国内外の有名ブランド自転車の販売はもとより自社ブランド商品の企画から製造、販売までも行っているほか、シェアバイクやサイクルツアーなど様々な自転車ライフの提案活動を展開。
 
写真②レ済
 

自転車は人生に寄り添うパートナー

 
別所本日はよろしくお願いします。あさひさんは長い歴史を持つ企業と伺っています。まずは、その道のりについてお話しいただけますでしょうか。
 
下田あさひは 1949年に大阪の都島で創業しました。今年で72年目です。実は、最初から自転車を手掛けていたわけではなくて、木製玩具の製造販売を行う会社としてのスタートでした。戦後まもなくの物資も乏しい時代、創業者は、おもちゃや木製の乗り物によって、子供たちの笑顔が見たいという思いを持ってこの会社を興したんです。
 
別所優しい思いから誕生した会社だったんですね。その後はどんな展開を?
 
下田自転車専門店に業態転換したのが1975年のことでした。70年代に入ってから、駅前に大きなスーパーができて、おもちゃを扱うようになったんです。そうすると、商店街の小さなお店だった当社では太刀打ちしようもありません。そこで、創業者は、自転車ならば、おもちゃと違って売って終わりではなく、購入後も修理やメンテナンスでお客様との関係が長く続けられると考え、新たな道を選んだわけです。
 
別所なるほど。
 
下田70年代当時、大卒初任給が4万~5万円ほどだった頃に、自転車の販売価格は2万~3万円でした。いまの感覚で言えば10万円くらいでしょうか。当然大切に乗りますよね。
 
別所そうですね。
 
下田けれども、80年代に入り、大量生産・大量消費の時代が訪れると、物価はどんどん下がっていき、ものが粗末に扱われるようになります。自転車も同様で、駅前の違法駐輪が社会問題化したのもその頃でした。
 
別所使い捨てが当たり前の時代になってしまった。
 
下田けれども、あさひは決して、大量生産・大量消費の波に乗ることはありませんでした。自転車は、人の命を預かる乗り物であるという強い信念を持っていたからです。私たちは、販売後の修理やメンテナンス、アフターサービスをよりしっかり提供し、安心安全な自転車ライフを実現するため、そしてさらに、お客様により多くの種類のなかから楽しんで自分にあった自転車を選んでいただくため、89年、大阪の寝屋川に当時としては大型のお店を出店しました。そして、寝屋川店が、お客様の大きな支持を得たことから、大型店のチェーン展開を広げていったんです。私自身も90年、大学在学中の20歳の頃から大型専門店第一号店でアルバイトしていました。
 
別所20歳の頃からですか。
 
下田当時から非常に楽しく働いていました(笑)。そして、1996年のプライベートブランドの立ち上げを経て、2004年に上場、さらにその後、個人店零細企業が大半だった自転車小売り業界初の「SPA業態(製造・小売り)」を創出するなど、一歩ずつ着実に進んできました。
 
別所素晴らしいですね。そんな風に順調な道のりを辿ってこられたなかで、コロナの影響はどうでしょう? 健康産業という意味でも大きな変化が訪れているように思えるのですが。
 
下田コロナ禍においては、通勤・通学での三密を避けるため、また、自粛生活での運動不足・ストレス解消といった目的で、自転車の魅力、価値が改めて顕在化したのではないかと受け止めています。非常に多くのお客様に必要とされています。
 
別所実を言うと、僕自身も最近また自転車に乗るようになったんです。大人になってから自転車に乗る機会がストンと無くなっていた時期があったんですけど……振り返ってみると、小さい頃に補助輪がとれた時の喜びはいまでも鮮やかに覚えていますし、自転車で友だちといろいろな場所に出かけていったのも思い出深いです。うちの娘もやっぱり自転車が大好きですし。自転車って、さまざまなライフステージで存在する人生のパートナーだなってつくづく感じています。
 
下田そうなんです。自転車はお子様からご年配まであらゆる年代の方にご利用いただけますし、単なる移動手段としてだけではなく、さまざまなかたちでライフスタイルに溶け込んでいるんですよね。私たちも、お客様の人生に寄り添うパートナーになることを一つのビジョンとして掲げています。
 
別所まさに。大切なパートナーですね。
 
写真③レ済
 
 
下田私自身、店長をやっていた頃から、さまざまなお客様と直接お話しさせていただいてきたので、その意味を実感できる機会がたくさんありました。なかでも特に印象的なエピソードの一つが、数年前、全国の店舗を回るなかで、創業の地、大阪のお店を訪れた時のことでした。
 
別所どんなお話でしょう?
 
下田ご高齢の女性が自転車を修理に持ち込まれていたんですけれど、それがなんと……30年程前、私が働き始めた頃に販売していたタイプのものだったんです。私は、驚きました。思わず、「長く大切に使っていただいてありがとうございます」と声をかけると、ずっとそのお店で修理、メンテナンスをしながら乗り続けていると話してくださいました。そして、「もうボロボロなんだけど、なかなか買い換えることができないの」と。理由を尋ねた私に返ってきたのは、「息子がこれを選んでくれたんよ、私に」という言葉でした。その姿に、私は感動するとともに、自分の仕事をとても誇らしく感じました。
 
別所まるで映画のような素敵なお話。人生には自転車にまつわるさまざまな物語があるわけですね。僕は常々、人間は物語る動物だ、と言っているんですが、企業にもまた物語があります。そして、その物語を発信することがブランディングにもつながってくる。下田社長はブランディングについてはどのようにお考えでしょうか。
 

実店舗は地域に密着した存在に

 
下田私は、ブランディングとはファンづくりだと思うんです。そして、私たちの自転車への強い思いをしっかりと可視化し、発信していくことこそが、ファンづくりにつながっていくと考えています。そのためにまず私が必要だと考えたのは、創業時から一貫してあさひが大切にしてきた「すべてはお客様のために」という行動指針を内部により浸透させることでした。当社は、私が社長に就任した2012年の時点で、300店舗超を有し、従業員数は、さまざまな働き方の方を合わせて4,000名以上に達していました。2015年、私はその全員に向けて、あさひらしい提供価値をブランドプロポジション(ブランドのお約束)として明文化しました。そしてさらに、今年度策定した中期経営計画「VISION2025」において、ブランディングの強化を重要課題として掲げ、タスクフォースを立ち上げて取り組んでいるところです。
 
別所他社と比較して、御社の強みはどこにあるとお考えですか?
 
下田私たちは、あさひのカルチャーモデルとして三つの力を重視しています。一つ目が「人間力」です。安心して自転車をお使いいただくために、プロの知識・技術を備えた人材が揃っています。そして、お客様の声をタイムリーに生かした自社開発商品をはじめとする、多彩な「商品力」。さらには、「店舗力」。広い店舗のなかでわくわくしてもらえるような展示をしていくのはもちろんのこと、これからの時代はメディアとして、店舗からの情報発信の強化にも注力していきたいと考えています。
 
別所僕が主宰しているショートショートフィルムフェスティバル & アジアも、リアルとオンラインのハイブリッドで開催をしていますが、あさひさんの場合、実店舗とネットはどのような関係になっているのでしょうか?
 
下田それに関連して、コロナ禍のなかで、実店舗の存在意義について改めて、突き詰めて考えてみたんです。そこで私が辿り着いた答えは、実店舗をお客様との接点として、あさひが地域に密着した、かかりつけ医のような存在を目指していきたいという目標でした。そして、そのためにも必要なのが、ITデジタルのテクノロジーなんです。当社では、1997年というインターネット黎明期からECをはじめていましたが、これからさらにITの力を駆使して、お客様ごとにパーソナライズした商品やサービスをお客様のライフステージに寄り添いながら提案していく。それが実現できれば、実店舗の存在意義はますます大きくなるのではないでしょうか。
 
写真④レ済
 
別所実店舗が地域のコミュニティを支える存在としても今後ますます機能を拡大していく可能性も感じます。SDGsやESGにもつながる話だと思いました。そういう意味では、自転車は、サステナブルな乗り物でもありますよね。脱炭素というアングルから言うと、僕たちの業界でも、よりサステナブルであろうという潮流が生まれています。俳優やミュージシャンのなかには、ロケ現場に自転車で現れる人たちも出てきている。先日、スパイク・リー監督の「アメリカン・ユートピア」という映画を観たんです。作品自体の素晴らしさもさることながら、驚いたのは、元「トーキング・ヘッズ」のデイヴィッド・バーンが自転車に乗っていたこと。最後に、仲間とブロードウェイの楽屋から自転車を担いで出てきて、みんなそれに跨って帰っていくシーンで終わるんです。もはや、大スターは黒塗りの高級車、という時代ではない。しかもそれが単なるパフォーマンスではなく、ソーシャルグッドとして当たり前のことになってきている。価値観の変化を実感しましたね。
 
下田ガソリン車の新車販売を2035年までに禁止する、というニュースもありますからね。環境について考えてみても、やはり自転車でしょう(笑)。それも含め、そもそも私は、日本において、移動手段としての自転車は非常に公共性の高いライフラインだと捉えています。そこで、行政とのタイアップも行なっていまして、このたびは大阪の豊中市と連携協定も締結しました。今後は、豊中市とともに自転車の安全利用の啓発活動やシェアサイクルの推進、自転車利用の促進などに取り組んでいく予定です。私たちは、単なる自転車販売店という位置付けにとどまらず、全方位でお客様に貢献し、社会の諸問題を解決していきたい。そういう企業になることが次のステージだと考えていますし、それがあさひの社会的責任でもあると強く自覚しています。
 
別所社会から寄せられる期待も大きいでしょうね。
 

人と人のつながりを生むコミュニティを

 
下田ありがとうございます。そして、その大前提として、私たちは、人の命を預かる自転車を製造・販売する会社として、「安全」を絶対的な価値として提供していかなければなりません。中期経営計画「VISION2025」でも、「安全」を最優先の社会的価値として挙げています。日々の修理やメンテナンスはもちろんのこと、自動車と違って自転車は車検制度が無いですから、パーソナライズされたお客様の情報を定期点検のご案内に活用するなど、より安心安全、豊かな自転車生活のために活用していく必要があると考えています。
 
別所ビジネスのためだけではなく、安全のためにもデータを生かしていくわけですね。
 
下田そうなんです。そして、「VISION2025」ではほかに、持続可能な社会の実現に向けて「環境」と「健康」もキーワードとして挙げています。「健康」について言えば、欧米では、スポーツとしての自転車が主流である一方、日本では、まだそのジャンルはあまり浸透していないという現状があります。日本国内では1年間に約700万台の自転車が販売されるなか、スポーツバイクは、5〜60万台程度にとどまっています。10%にも満たないわけです。スポーツバイクがあれば、行動範囲も広くなりますし、レジャーとしての自転車の楽しみ方もどんどん広がります。これからのビジョンのなかで、あさひはそういうスタイルも提供していきたいなと思っています。
 
別所スポーツですか。
 
下田あさひでは、2015年に「SHIFT TO SPORTY」というスローガンを策定しました。移動手段+スポーツ+レジャーという方向性を明確に打ち出したわけです。さらに、「VISION2025」では、「FUN TO RIDE BIKES」というテーマを設定。先程お話ししたリアル店舗の存在意義のお話とも重なりますが、お店をとおして、私たちの専門スタッフが直接、自転車のある生活の多彩な魅力をお客様に伝えていきたいという思いを込めました。それに合わせて、当社は、定款に「旅行業」も加えて、サイクルツーリズムも手がけはじめています。現在はコロナ禍のため、ワンデートリップやハーフデイトリップがメインですが、全国各地のお店でそれぞれツアーイベントを企画しているんです。自転車でしか感じ得ないスピード感や風、景色がありますし、自転車で巡るグルメの楽しみもある。そのほかにも、各地方にはたくさんの観光資源がありますから、自転車をとおして、そうした魅力を発信していければ、地方活性化のお役にも立てるかもしれません。
 
別所僕たちも映画祭のなかで、地域の魅力を発信する動画をフィーチャーする観光映像大賞を主催していますが、サイクルジャーニーという視点は新鮮に感じます。自転車の上から見えてくる全国各地の魅力。そういう映像を作って発信していくのもきっと面白いですよね。鉄道ファンのなかに、「撮り鉄」の方々がいるように、自転車からもきっとたくさんの映像資産が誕生してくるのではないでしょうか。そして、そこから人と人のつながりも生まれてくるでしょうし。
 
下田面白いですね。あさひでは、昨年「ちりりん」という自転車のポータルサイトを立ち上げました。物販は行わない、自転車に乗る人たちに向けたたくさんの情報コンテンツを揃えているプラットフォームです。いま別所さんにおっしゃっていただいたような動画も含めて、今後さらに活性化させていけたらいいなと思います。
 
写真⑤レ済
 
 
別所オウンドメディアでの情報発信はファンづくりに大きく寄与すると思います。
 
下田実は当社には、地域や楽しみ方、目的などの違いによって分かれている自転車の社内サークルが47もあるんです。そのそれぞれのメンバーがパーソナリティを打ち出して、ネットでも、実店舗でも、積極的に情報発信して、ファンづくりをしていきたいと考えています。さらには、お客様同士のつながりを生むコミュニティもさまざまな形で育んでいきたい。そもそも「サイクルベースあさひ」という呼称の由来は、仲間が集う自転車の情報発信基地ですし。
 
別所自転車のプロフェッショナル集団による情報発信。これからますます楽しみですね。
 
下田ありがとうございます。そのコンセプトをリアル店舗で体現する存在としては、今年5月、八王子の南大沢にスポーツバイク専門店「THE BASE」をオープンしました。サイクリストがくつろぐことができる芝生スペースや大型モニターなどを用意し、週末にはスポーツバイクにまつわる様々なイベントを開催しています。それぞれの地域に根ざした全国499店舗が、自転車の新たな楽しみ方、魅力をどんどん発信していく。そして、あさひをハブにお客様同士がつながり、コミュニティがリアルでもネットでも広がっていく。こうした取り組みについては、まさしくこれから日本各地に広げていくつもりです。そういう具体的なビジョンに向かって、全社員一丸となって進んでいるところです。
 
別所そこからさらに、自転車と人生の素敵な物語が次々と生まれてくるわけですよね。先程お話しいただいた、息子さんに選んでもらった自転車に30年以上乗っていらっしゃる方と同じように、きっと世の中の一人一人が自転車にまつわる大切な物語を抱えて生きているのだと思います。僕は下田社長とともに、そんな素敵な自転車の物語を集め、後世に残し、さらに、新たに作っていくような試みができたらいいなと強く思いました。
 
下田おっしゃるとおり、自転車のある人生には多彩なドラマがあります。私たちがブランドスローガンとして、「Your bicycle,Your life.」と謳っているように、自転車は、まさに人生に寄り添うことができる素晴らしい乗り物です。そして、自転車とともにある人生のさまざまな物語も、無形資産として非常に貴重なものです。大切に残していきたいですね。そうした取り組みにも積極的にトライしていくことがきっと、ブランディグやファンづくりにもつながっていくと思っています。
 
別所ありがとうございました。

(2021.7.15)

 


 
下田近影
下田佳史
1971年生まれ。1994年近畿大学法学部卒業後、株式会社あさひに入社。
店舗勤務、あさひブランド商品の開発などを経て、2008年専務取締役商品本部長に就任。
2010年、愛三希(北京)自転車商貿有限公司執行董事兼総経理。2012年より現職。